銀行員として働いていた頃、毎日のように決算書を読み解いていました。
BS(貸借対照表)やPL(損益計算書)を見て、「この会社は安全だな」「この利益率は厳しいな」と判断していたことを、今でもよく覚えています。
もちろん、こうした財務分析は間違っていません。
むしろ、数字を読むスキルについては銀行員はプロフェッショナルです。
しかし、実際に会社を経営する立場になって分かったのは、財務分析の知識だけでは経営は動かないという現実です。
「経営に使える指標づくり」と「決算書の読み解き」は、まったく異なるスキルなのです。
決算書は世界共通の「答え合わせツール」
決算書は、会計基準や税務ルールに則って作成された、いわば“共通言語”です。
ですから、銀行員であれば誰が見ても、似たような結論にたどり着きます。
自己資本比率が高ければ健全、売上高経常利益率が低ければ収益性に課題あり——。
このような定量分析は、銀行融資審査においても王道のアプローチです。
ですが、実際の経営現場では、その“正解”があまり意味をなさないことも多いのです。
なぜなら、それらはあくまで**「金を貸せる会社かどうか」という“銀行側の視点=金貸し目線”**であって、経営者の視座とは異なるからです。
そしてここが重要なポイントですが、「融資可能な会社」と「経営的に良い会社」は別物です。
この違いについては、また別の記事で詳しくご紹介したいと思います。
経営で見るべきは、他社との比較ではなく「自社の変化」
経営において必要なのは、他社比較ではなく自社の変化を数字で捉えることです。
銀行員時代に染みついた「回転率」「利益率」などの横比較も大切ですが、経営においてはあくまで補助的なものにすぎません。
たとえば、新規営業施策を打ったときには「販管費」「問い合わせ数」「売上の構成比」がどう変化したかを見る。
在庫過多が起きているなら、「棚卸資産回転率」や「仕入債務残高」に注目します。
このように、「自社がやりたいこと」と、それによって動く勘定科目を数字で追いかける姿勢が、経営者にとっては何より重要なのです。
財務とは「意思決定の軌跡」を可視化するツール
会社経営とは、日々の意思決定の連続です。
どこに投資するか、どこを削るか、何を育てるかを決めていくことが経営の本質です。
そして、財務指標とはその判断が「数字」という形でどう表れたかを確認するツールに過ぎません。
だからこそ、自社のKPIは“借り物”ではなく、自分たちで定義していく必要があります。
ROAやROEといった財務指標も大切ですが、それ以上に、「この施策で何が変わったか」を可視化する独自の指標が、経営には求められます。
フェーズによって変わる「見るべき経営指標」
経営は常に同じステージにいるわけではありません。
赤字のときと黒字のときでは、注目すべき経営指標がまったく異なります。
赤字フェーズでは、PLの利益よりも「資金繰り」に注目すべきです。
キャッシュアウトの速度を抑え、「あと何ヶ月で現金が尽きるか」を常に把握しておく必要があります。
このタイミングでは、損益分岐点分析や固定費比率の把握が生存戦略になります。
ここを誤れば、利益が出る前に会社は潰れてしまいます。
黒字フェーズでは「投資判断と回収力」がカギ
一方、業績が好調なフェーズに入った会社が見るべきは、利益の「使い道」です。
内部留保か借入返済か、新規事業か既存強化か——。
ここでは、ROIC(投下資本利益率)やLTV(顧客生涯価値)、さらには広告や人材投資の費用対効果など、未来に向けた回収性が重要になります。
利益を出すことがゴールではなく、その利益をどう活かして持続可能な事業をつくるかが、黒字フェーズの最大のテーマです。
銀行員の“比較癖”を捨てて、自社の兆しに集中する
銀行員として、数字を「他社と比べて読む力」を磨いてきた方は多いと思います。
ですが、経営に必要なのは“比較”ではなく“変化”の感度です。
今月と先月、前期と今期で、何がどう動いたか。
そこにこそ、自社の戦略が効いているかどうかのヒントがあります。
売上総利益率よりも、粗利がどこでどう積み上がったか。
それを理解するためには、「数字を追う視点」をガラリと変える必要があります。
外部の銀行員にはできない「数字の内側」を読む力
このように、「自社がやりたいこと」と、それによって動く勘定科目を追う力は、経営者にしか持てません。
なぜなら、銀行員が触れられるのは**“試算表という結果”だけ**だからです。
経営者の頭の中には、「こうしたい」→「この数字が動く」→「その結果こうなった」という因果関係があります。
このプロセスを知らなければ、どんなに優れた財務分析をしても、実態にはたどり着けません。
「聞く力」と「想像力」を持つ銀行員が最強の味方になる
しかし、まれに「勘のいい銀行員」がいます。
そうした方は、試算表を見ながら、
「この前の戦略、数字に出てきましたね」と、結果からプロセスを想像する力を持っています。
これは、**“聞く力”と“想像力”**の賜物です。
数字の奥にある「意図」を読み取る力こそが、真のパートナーシップを生むのです。
現場のことばをよく聞き、数字に宿る意志を感じ取れる銀行員。
担当者には、そんな人がついてくれると経営者としては本当にありがたいものです。
数字を信じる力こそ、経営者に求められる素質
銀行員としての経験がある方には、ぜひその「数字を読む力」を経営に活かしていただきたいと思います。
そして、もし自分で事業を始めることがあれば、“自社の数字”を世界で一番信じられる経営者になってください。
比べるのをやめて、自社だけを見つめる。
それが、経営者としての第一歩なのです。

