■ 数字じゃ語れない「現場でしかわからない価値」
工場での修行が一区切りを迎え、
私は社内のサービスエンジニア試験でS評価を獲得。
これで、ひとまず“工場での修行は卒業”という形になりました。
その頃には私も、1人前の組立者として、しっかり工程に組み込まれていました。
そんなタイミングで、本社の営業さんから声がかかりました。
「現場の工事、ちょっと手伝ってもらえない?」
全国で進行中の案件で技術的な課題が出ており、
工場の上司と“セット”で、全国の現場に同行するようになったのです。
現場では、工場以上に、製品は過酷な使われ方をしていました。
本来は水平に設置する機器が斜めに置かれていたり、
対応していない温度・湿度環境で無理に使われていたり。
なかには「これ、使い方逆じゃないか…?」と思うような現場もありました。
「こんな環境で使われているなら、そりゃ壊れるよな……」
設計と現場。
仕様書と実態。
そのすれ違いを肌で感じたとき、私は強く思ったのです。
「製品の価値は、カタログで決まるもんじゃない」
机上のスペックではなく、
“どんな現場で、どう使われて、どう耐えるか”——
それが本当の“製品力”なんだと、初めて体で理解できた瞬間でした。
ある日、リペア対応を終えた現場で、
顧客の担当者がふっと笑顔を見せて言いました。
「いや〜、助かりました。やっぱり、現場を知ってる人の対応は違いますね」
その一言が、どれほど励みになったことか。
銀行時代は、数字ですべてを語ってきた。
でも、現場では数字だけじゃ伝わらない、汗と工夫と肌感覚の世界がありました。
私はこのとき——
「技術を身につけた自分は、次こそ海外営業に戻れる」
そう信じて疑っていなかったのです。
■ 技術ができる。でも、それだけの人だった。
ところが、任されたのは、“国内の現場プレイヤー”としてのポジションでした。
会社が必要としていたのは、
「経営を語れる人」ではなく、
**「現場で手を動かせる人」**だったのです。
工場での経験を評価してくれたのは間違いありません。
でも、そこから先——たとえば、
**「技術を背景にした経営提案ができる人材」**として見てもらえることは、ありませんでした。
まわりからはよく言われました。
「現場を分かってるのは強みだよ」
「技術があるから頼りにしてる」
ありがたい言葉です。
でもどこかで、私はこう思ってしまっていました。
「その先へ行くために、あんなに頑張ってきたのに…」
「現場対応の即戦力」として評価されることが、
私にとっては、静かな“天井”のように感じられたのです。
■ 私は、ただの“現場のおじちゃん”になっていた
そして、ふと気づいたのです。
「なんで、銀行を辞めたんだったっけ?」
「この仕事って、別に“俺”じゃなくてもよくね?」
技術も身につけた。現場も走り回った。
でも、気がつけば私は、ただの“現場のおじちゃん”になっていました。
腰にタオルぶら下げて、工具箱の中身を語ってる自分に気づいたとき、ふと「俺、大丈夫か?」って思った。
そこにあるのは、やりがいではなく、「便利な人材」としての存在価値。
自分の存在意義を、自分で見失いかけていました。
そもそも——
“海外営業に就けば社長と話せる”と思っていたけど、
本当にそうだったのか?
肩書きと目的を、私は取り違えていたのかもしれません。
私が本当にやりたかったことは何だったのか。
誰と、何を、どう語りたかったのか。
その答えが、どこか遠くにぼやけて見えなくなっていました。
私は、完全に——迷走していました。
そんな年末に、海外から一本の電話が鳴ったのです。
つづく